先輩の声

「一つの街に根差して生活したい」と思った理由

大学進学および就職を考える上で、「北九州市」という場所は私にとって重要なポイントでした。それは私が育った家庭環境が影響しています。出身は北九州市小倉北区なのですが、3歳から父の転勤で各地を転々としてきました。3歳から小学校3年生の2学期までを愛媛県松山市で、3学期から小学校卒業までを広島県呉市で、そして中学・高校時代は山口県宇部市で暮らしました。大学は、「山口県から近距離の都市にある大学に行きたい」「できれば自分の生まれ育った街に戻りたい」という考えから北九州市の九州国際大学経済学部に進学しました。そして就職を意識するようになった頃、まず私が希望したのは「北九州市に根差すこと」でした。幼いころから住む場所を転々としてきたことを振り返り、「これから先も生活環境が変わり続けることは避けたい」「自分は引っ越しのたびに友達と別れなければならなかった。将来子どもに同じような思いをさせたくない」と思っていたからです。職業については、日頃から「人とふれあい、人と沢山繋がることのできる仕事に就きたい」と考えていました。そうした中、小倉ターミナルビル㈱で働く九国大OBの先輩を訪問しお話を伺う機会があり、仕事を通じてたくさんの人と出会い、自分自身の成長につなげていけるホテルマンの仕事に魅力を感じ、入社を志しました。転勤を伴う異動がないという点も志望動機の一つでした。

北九州市は、人のつながりを大切にする街

入社後はホテル事業部に配属され、ステーションホテル小倉の宿泊部門、レストラン部門、宴会サービス部門を経験し、現在は営業部にて同ホテルの宴会、会議、イベント等の営業活動を行っています。営業の仕事をしながら常日頃から感じるのは「北九州市は、人のつながりを大切にする街、義理人情に厚い街だ」ということです。私どもの設備やサービスにご満足を頂いたお客様が、新しいお客様をご紹介してくださり、またそのお客様が熱のお客様をご紹介してくださるというように、ご紹介の輪、おつきあいの輪というものがまるで数珠つなぎのように広がっていくのです。お客様から「ステーションホテルを選んで良かった」という声を頂けるよう努力し、実際にその声を頂けた時は、本当にやりがいを感じます。同じ大学出身の先輩社員の方も多く、困った時には親身になって相談に乗っていただけるので、本当にありがたいです。

自分に磨きをかけ地域活性化の役に立ちたい

将来の目標は、上司に少しでも追いつくことです。私の上司は、私のような年下の人間にも気遣いを忘れず、私が思っていることを伝えた時には100%の力で返してくださるなど、一緒に働くスタッフのことを一番に考えてくださる方です。その方に認めてもらえるよう日々努力し、私が40代、50代になった時には、その方と同じレベルの仕事ができればと思っています。先ほども言いましたが、北九州市は人のつながりを大切にする街であり、とても義理人情に厚い街です。この街で、「自分」というものを形成し、それをお客様やお取引先様といった人や社会に認知されたならば、その存在や可能性を大きく広げてもらえます。私はそのことを仕事を通じて実感しています。だからこそ大学生の今こそ、「自分磨き」に取り組み、より良い将来につなげていってほしいと思います。私もホテルマンとしての自分に磨きをかけ、北九州市の活性化に少しでも役に立ちたいと考えています。

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